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◆編集者の仕事(1)
「本を選ぶ」(ライブラリ-・アド・サ-ビス発行) 【No.238 2005/03】
 
 「本が危ない」という出版危機をめぐる論評は、21世紀に入る以前から度々指摘されてきた。関係者の一人として積極的に対策を考えてきたわけではない。時代の変化に応じてそれなりの需要は見込めるはずだ、とたかをくくってもいた。でもそれでいいのだろうかという現実的な問題に、今すべての編集者が直面している。
 これまで思いつくままに、一貫性のないことを書き綴ってきたが、今回からしばらく編集者の仕事について、私自身のかかわってきた範囲の中で、これまでとこれからという視点で考えを進めてみたい。「本を選ぶ」の読者には釈迦に説法の感をぬぐえないが、お許しいただきたい。
 編集者の仕事といっても、出版社の出す書籍の傾向や、担当する部署の刊行物の内容によって随分違いがある。近いと思われる雑誌の編集者と単行本の編集者も、辞書の編集者と教科書の編集者でも、また文庫と新書の編集者も微妙に違う。専門書を扱うところと実用書を扱うところ、自然科学書を扱う部署と人文科学や文学を扱う部署でも大きな違いがあるだろう。だから、一律に編集者とはこういうもので、編集者の仕事はこれとこれだとはなかなか表現いにくい。
 ただ一般的に認知されている(と思われる)ことばで表現してみれば、扱うものは商品としての「紙に印刷された書籍」であるということ。現在置かれた社会環境の中で、自身の表現したいテ-マを設定し、それを具体的に刊行することにより、何らかの社会的価値を創造・付加することを義務付けられた存在であること、自身は可能な限り黒子に徹し、著者・編者や編集協力者、装丁者、校正者、製作関係者、販売・営業関係者、書店などとともに一つの書物の世界を共有して、市場に働きかけることを課せられた存在であること。マスコミと言われる新聞やテレビ・ラジオのニュ-スや番組が、日々の出来事に軽重をつけて報道することをおもな目的とするのに対し、個々の読者の多様な趣向に応じて、限定された書物という形で個別に対応することを約束された存在であること。
 当然といえばそれまでだが、編集者の仕事(職務)とは、現段階では以上のようにまとめられるのではないか。
 現段階ではという保留条件を付けざるを得ないのは、インタ-ネットによるデ-タ画面のソフト情報が現実に商品化されており、ネット編集に携わる編集従事者をどう位置付けるかという問題があるからだ。これは「読み手より書き手のほうが多い」と揶揄される、表現者の大衆化ともかかわりが深い。インタ-ネット企業の戦略は、案外短期間で出版業の体質を変えてしまうかもしれない、との憶測もかまびすしい。
 言い古されたことばだが、「教養」という趣のある概念にこだわりながら、編集者の存在意義を具体的に考えてみたい。                 (伊藤雅昭・みやび出版)

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