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◆編集者の仕事(2) 新米編集者のころ
「本を選ぶ」(ライブラリ-・アド・サ-ビス発行) 【No.239 2005/04】

 はるか以前、出版社入社に際して当時の出版本部長から「出版の志」と「大衆性のある売れる出版物」についてレクチャ-を受けた。岩波書店・小林勇氏のことばからの引用と三省堂の例が挙げられ、わが社の方向は云々というような話だったように思う。おおかた納得はできたが、若干の違和感も覚えた。
 入社以前は、編集者を志した以上、だれもが自己実現のための企画展開にこだわりを持っているかと思っていたが、全体的な印象はそうでもなかった。こつこつと年月をかけて一語一語と格闘していく辞書編集、三年の周期で改訂が行われる教科書編集という社の性格もあったのだろう。おおらかな社風だと思った。
 新分野開発の部署に配属され、直属の上司には「君の考える企画を思いつくまま出してくれ」と言われた。編集者の卵にとっては戸惑いつつもうれしかった。戦後民主主義はなやかなりしころに鍛えられたベテラン編集者の姿は、颯爽として頼もしく感じられた。
 開発の部署では、試行錯誤の結果、一つの柱として幼児ものを手がけることになり、いきなり大作「幼児教育の百科」を担当することになった。早期教育の是非についての論議は現在も盛んだが、幼児の発達段階に応じて学習カリキュラムを組む方式は当時としては新しい試みで、ピアジェの認識論をヒントにしたものだった。「幼児は自由に伸び伸び育てる」派との論争もずいぶんやった。全国のモデル幼稚園・保育園を回って園児の絵を一枚一枚撮影したり、編者グル-プの講演の案内係やスライド映写も担当した。入社した1970年の6月に編集開始、幼児教育の加熱を見込んだ新学期に合わせ、翌年の3月刊行が決まった。編集期間は約8ヶ月、突貫作業だ。あこがれの先輩、女性編集者のSさんに手取り足取り教えられながら月100時間の残業をこなして、私の担当第一作『母と子を結ぶ幼児教育の百科』がやっと完成した。AB判(婦人雑誌の大きさ)、736ペ-ジ(カラ-別丁付き)、特価(期限付き)3,500円。厚手のコ-ト紙で重さが約3.5キロあり、落としたらけがをするのではないかと心配する向きもあった。
 若気の至りというのか、体力にまかせて肉体作業をやりきったという印象で、充実感は味わったが、内容については全く自信がなかった。先輩たちから、君は恵まれている。入社一年目で、著者交渉から現場(幼稚園・」保育園)取材、一通りの事典の編集作業に加えカラ-ペ-ジまでこなし、営業活動にまで参加したのだからと激励された。事実、宣伝部長と広告代理店の担当者を含め、宣伝のための講演旅行で編者に随行して東海道沿線の都市を5日間回った。入社直後というのは、見るもの聞くものすべてが新鮮で、この旅行のことはよく
思い出す。長良川の鵜飼いの幻想的な風景はとくに印象深い。
 大宣伝のおかげで、その年はよく売れた。だが岩波書店のロングセラ-『育児の百科』もまた安定した売れ行きを示していた。               
                                      (伊藤雅昭・みやび出版)

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