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◆山田忠雄先生のこと
「本を選ぶ」(ライブラリ-・アド・サ-ビス発行) 【No.233 2004/10】

 出版社を作ることになった。小さな有限会社だが、最近あまりはやらない「志」も少しは持ちながら出版活動にはげみたいと、直前に迫った創業の日を心待ちにしている。
 今年3月まで勤務した出版社は、辞書と教科書を生業とする老舗だが、30余年の在社中私は、学習市場に一切かかわることなく、マイペ-スでいろいろな分野の図書を担当してきた。採算の面でとても社に貢献してきたとは言いがたいが、著者開拓をおもな目的とするPR誌編集、「辞書」「ことば」周辺の企画展開、幼児もの、新書・選書、数は少ないが楽しい豪華本作り、周年企画でたまたま担当した復刻本のおもしろさなど、さまざまな経験をすることができた。
 今回は、印象に残る一人の著者とのおつきあいについて、一端をご紹介したいと思う。
 山田忠雄先生(1916-1996)は、独創的な語釈で国民的人気のある、ご存知『新明解国語辞典』の編集主幹である。1989年の秋、PR誌の特集『新明解 第4版』のインタビュ-のために、当時まだ大学院を出たばかりの武藤康史氏(現評論家・辞書史研究者)とともに西荻窪のご自宅に伺った。早すぎた時間を近くの公園で過ごし、約束の時間ぴったりにお伺いすると、「おう、来たか。上がってくれ」とほっとするお返事。先生自ら入れてくださったお茶と和菓子の味を今でも思い出す。インタビュ-は盛り上がった。
 以来、先生の喜寿のお祝いに合わせて編集を担当した『壽蔵録』を皮切りに、先生のご病気、そしてご逝去にため編集途中で、ご子息明雄先生に校正と「あとがき」のご執筆をお願いした『私の語誌1 他山の石』『同2 私のこだわり』『同3 一介の』の3部作、その後『新明解』の語釈の個性を際立たせようと企画した『クイズ新明解国語辞典』『同 続編』(いずれも武藤康史編)、『明解国語辞典』復刻版、昭和18年刊行の『明解国語辞典』が曲折を経て『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』に分かれ今日に至る歴史を、故見坊豪紀先生はじめ当事者インタビュ-を中心に構成した『明解物語』(柴田武監修・武藤康史編)まで、振り返ってみれば12年間にわたり編集にかかわったことになる。
 忠雄先生は、貴族院議員を務められた国語学者山田孝雄先生のご長男で、次男は俊雄先生、三男は英雄先生という学者一家のお生まれ。常々「辞書の編集は文明批評」と話され、『本邦辞書史論叢』『近代国語辞書の歩み 上・下』という膨大な辞書史の傑作を残された。見せかけの権威と権力を嫌い、内に己自身を恃む気骨をもちながら、現場にはどこまでもやさしく、ご自宅の卓球場は、編集者たちの交流の場となっていた。
 (『新明解』の個性的-中には独創的とも言える-語釈については『明解物語』を参照いただきたい)
 先生の「志」を肝に銘じながら新しい仕事に励みたいと思う。ちなみに新会社で隔月刊誌『myB』の刊行を予定している。
                                     (伊藤雅昭・みやび出版)
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