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鳥居フミ子著『金太郎の謎』の書評(抜粋)が各紙に掲載されました

◇大衆芸能が育てあげた金太郎伝説
 金太郎の母は山姥と言われている。その山姥が最初に現れたのは室町時代初期の世阿弥の作といわれている謡曲「山姥」である、という。場所は足柄ではなく、越後と越中の国境を流れる境川から上路(あげろ)にさしかかる山中である。道に迷った遊女に、世人からは鬼女と怖れられている不本意な境遇を嘆く。その時には金太郎は生まれていない。その後、江戸前期になって金平浄瑠璃の中で山姥は金時の母であると語られる。
 その後、多量に流布してゆく子ども向けの草双紙等によって、金太郎=幼名・怪童丸は主役となって、母の鬼女は角もなくなり、母としての優しさも具えて後景へと退いてゆく。
 江戸も後期になると浮世絵師たち、喜多川歌麿、鳥居清長、月岡芳年、河鍋暁斎、歌川国芳、国貞らによって金太郎絵が画かれてゆく。それは、それぞれの個性あふれる筆致で、母は蓬髪を膝下まで垂らし両乳房をあらわにした美人画もあり、乳を求める赤ら顔の怪童丸は健康そのもの、庶民の理想の母子像を思わせる。……
 本書は、江戸後期から人気者となり、明治期には教科書にも載り、唱歌にもなって、戦後までわが国の子どもたちにもて囃された大スター金太郎像の、豊富な絵図による解説で、納得の書である。      
                       <2013/2/9「図書新聞」井出彰氏・評から>

◇「まさかりかついで…」の歌で知られる金太郎。国文学が専門の元大学教授が、まさかり、腹掛けといった金太郎を象徴するイメージの誕生と人気の秘密に迫る
 金太郎は、源頼光の四天王の一人、坂田金時(または公時)の幼名。奥深い山に住む山うばを母とし、歌舞伎では怪童丸と呼ばれる力持ち。著者は金太郎の年齢に注目し、5、6歳と設定した近松門左衛門を高く評価する。幼児が動物と遊ぶイメージにつながり、人気が出たとみている。 
                  <2013/1月下旬「共同通信」系列地方紙に掲載>


◇<金太郎の母は山姥である>。
 山姥は始めは角も描かれていたが、喜多川歌麿の金太郎絵は鬼女山姥のイメージを一変させた。歌麿は山姥を遊女のような美女として描いた。<鬼女の山姥から美女の山姥に変貌するとともにその怪奇性は失われた。怪奇性を失った山姥は金太郎の母の座から退くことになったのであろうか。唱歌「キンタロー」を口ずさむ現代の大人や子どもの脳裏には山姥の姿はないように思われるのであるが…>。金太郎の特徴ともいえる腹掛けはいつから金太郎と結びついたのか。そもそも金太郎はいつの時代のどういう人物なのか…。母・山姥、腹掛け、鉞(まさかり)、熊、鯉、幼名・怪童丸の由来は等々。資料を博捜し、膨大な図版を駆使して金太郎の謎を読み解く。
                          <「出版ニュース」2013/2上旬号より>
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