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南伸坊著『オレって老人?』の記事が各紙に掲載されました

◇笑門来福の高齢問題

南伸坊さんは、ことし六十六歳になられた。
 この本は、五十代後半から現在までの、前期高齢者にいたるご自身の観察記録なのですが、地下鉄で銀座から青山に着くまで、なんど吹き出したかわかりません。四十五歳のおばちゃんも、さすがに恥ずかしくて読むのをやめたかった。けれど、おもしろくてやめられないとまらない。しかたがないので、小学生のように本をまっすぐに立てて、書名が車中のみなさんにわかるようにした。開きなおって読みつづけた。
 おもしろい母に育てられ、おもしろいツマと家族になり、友は笑い話を手土産に訪ねてくる。落語もお好きで、日々笑門来福。
 おもしろがりは病気にも利くようです。老境に迷う方は、すぐに読んで笑ってください。
                        <「読売新聞」2013/8/18、石田千氏書評>

◇同世代に笑ってほしい
 軽妙なエッセイの著作が多く、イラストや装丁も手掛ける南伸坊さん。「今回はテーマらしきものを掲げ、過去の『じじくさい文章』を寄せ集めてみました。同世代の人に読んで笑ってもらえたらうれしいです」と話す。
 実は若いころ「自分をおばあさんだと思っているおばあさんは、この世にはいないという世界の秘密」も垣間見た。南さんはそんな体験も踏まえ、近年「自分よりずっと年上の人も似たような気持ちなのではないか」と考え始めた。つまり「オレって老人?」と。
                        <「共同通信」2013/7 インタビュー記事>
 
◇伸坊の老人リロン
 この本は、伸坊が五十七から六十六歳になるまで、「オレは老人か?」と自らに問い、煩悶し、体験学習してきた格闘日記であるから、五十七歳のころに書いた話が「去年の秋」となっていても、ブイブイと文句をいってはいけない。
 何度も忘れる人の名があり、その都度思い出しているため、いいかげん覚えてよさそうなのに、何度も忘れることになる。ある人物の名を忘れると、脳は、この忘れやすいという事実を覚えて、それを記憶してしまう。大昔のラジオドラマ「君の名は」のイントロに「忘却とは忘れ去ることなり」とあった。このイントロのつづきは「忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」となるのだが、忘却したいと望むならば、真知子も春樹も、忘れよう忘れたいと努力してはだめで、かえって忘れられなくなるという伸坊リロンは説得力がある。       <「週刊朝日」2013/7/26号、嵐山光三郎「コンセント抜いたか」より>

◇著者が雑誌や新聞に発表したものをまとめたエッセー集。ちょっとした日常の身の回りの出来事や、自分や他人の感情の動きを細やかに考察し、ユーモアをまぶして笑わせたり和ませたりする著者ならではの技だ。
 人は年を取るにつれて、自分が老人になったことを実感すれば、いずれかの段階で諦め、悟るか、頑として認めずに、へ理屈をこねて悪あがきする。周囲も自分も思うに任せず、腹の立つことも増える。
 それは他人から見れば少し滑稽でもある。それでも肩の力を抜いて「これって自分が老人になったってことかな?」と笑う余裕を持てれば、年を取るのも悪いことばかりではないな、と思えるのではないだろうか。
                        <「西日本新聞」2013/8/10、書評欄より>
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